赤井城跡<飯野地区・赤井> 最終更新日:2008年7月2日 印刷 赤井川の南岸近く、船野山の麓から突き出た低丘陵地先端部に位置する。天文16(1547)年木山城主により木山城の「支城」として築城され、天正13(1585)年木山神宮例祭日に薩摩島津氏の襲撃により落城するまでのわずか38年間存在したと考えられている。「本丸」・「北囲」・「南囲」・「のうて」という字名・地名を残し、湧水地帯の水路を利用した「浮き草堀」と呼ばれる堀や土橋、帯郭(くるわ)など中世城郭の遺構が数多く残る。本丸跡とされる平坦部には、木山神宮末社「日枝神社」が祀られている。